生態人類学会のホームページ

■生態人類学会設立の趣旨



(『生態人類学会ニュースレター』No.1より抜粋)


1973年5月に、京都大学理学部自然人類学研究室、東京大学理学部人類学教室、東京大学医学部保健学科人類生態学教室、京都大学霊長類研究所の教官、院生、研究生などが参加した第一回生態人類学研究会が、東京大学赤門横の学士会館分館で開催された。以来、研究会は毎年1回、会場を日本各地の研究機関や宿泊施設に移しながら、回を積み重ねてきた。

この研究会では当初から、国内外での長期フィールドワークを終えて帰ってきたばかりの少壮の研究者による発表を中心に据えて討論を重ねてきた。フィールドの生々しい熱気を伝える発表者に対して、参加者全員は、率直に質問をぶつけ、批判を加え、忌揮のない助言や忠告を行なってきた。これまでの23 回におよぶ研究会を通じて、発表を行なってきた人たちもまた聞き手に回った人たちも、参加者全貝は、こうした真剣な議論を通じて、自らの間題意識をさらに発展させて考察を深め、理論を研ぎ澄ませていった。そして再び次のフィールドワークヘと立ち向かっていったのである。生態人類学研究会での討論を通じて分析を精綴化し、理論を鍛えあげてきた多くの研究が論文や単行本の形で公表されるに至っており、この20数年間に及ぶ生態人類学の進展の歴史の中で、この研究会が果たしてきた役割はきわめて大きなものであった。

生態人類学研究会に参加し、さまざまな形でその影響を受けてきた人びとは、いまや全国の数多くの研究機関に所属し、それぞれの拠点で若い研究者の育成にあたっている。研究会の年々の盛況ぶりは、まさしくそうした生態人類学の発展の歴史を物語るものである。20名そこそこのメンバーで始まった研究会は、数年後には常時70名前後の参加者を得るまでになり、今では100名をはるかに突破するに至っている。しかしながら、この人数は、もはや研究会として持続していく規模を越えたものになっているといわざるをえない。

同時に、活発な研究活動を続ける参加者が次々と生み出している研究成果を、どのような形で公表していくかという間題は未解決のまま残されており、今後ますます深刻な事態となっていくであろうことは容易に予測され、その早急な解決が望まれている。 自然とのかかわりの中で人間を全体として理解することを基本的テーマとする生態人類学は、生業基盤の解明、人間活動の体系的把握、人口や栄養を中心とした環境適応などといった当初の課題から、いまや人間活動のすべての領域にまで広がりを見せ、学問としての深みをもつに至っている。自然との関係を最も重視し、したがって、人々の生活を環境の諸要素との緊密な相互関係の総体として把握する中で、社会、宗教、価値、意識、行動などといった人間存在のあらゆる側面を解き明かそうとする多彩な展開を示しているのである。

23年間に及ぶ生態人類学研究会の実績に基づき、自然的基盤の上に生きる人間のトータルな理解を目指す生態人類学のさらなる展開を期すために、このたび、生態人類学会を設立しようとするものである。

1996年3月19日
生態人類学会設立準備委員会



四半世紀を経て確認したいこと


生態人類学会はその前身である生態人類学研究会の精神と形態を引き継いで、1996年3月に発足した(『生態人類学会ニュースレター』No.1)。2021年3月で本学会は設立からちょうど25周年を迎えたことになる。四半世紀が過ぎた。またおよそ20年ぶりに生態人類学のシリーズ『生態人類学は挑む』(全16巻、京都大学学術出版会)が刊行を開始した。この節目にあたり、少し立ち止まって、この学会のあり方について問い直してみてもよいのではないか。

ここで改めて、「生態人類学」を冠する本学会の核を共有したい。それは学会員のみなが既に共有していることかもしれないが、あえて言葉にして確認しておきたいのである。「核」とは、まず第1に、研究上の興味関心として、ヒトと自然の関係や広い意味での生態や身体をあつかい、同時に人類の適応と進化という大テーマを意識していたい、ということである。自由な発想と活動が研究においてなによりも大切にされるべきであることは疑い得ないが、興味の核を共有することが大会に参集することの大きな意義であることを忘れたくない。「面白ければいい」「なんでもあり」という言い方もされてきたが(そしてそれはそのとおりでもあるのだが)、誤解が生じてきた過去もないわけではない。ルールを作ったり制限を設けたりして研究活動を縛るつもりは毛頭ないが、核は共有していたい、という提言をする理由のひとつはここにある。

さらに、合宿形式で開催される研究大会においては、参加者全員が一堂に会し、すべての発表をみんなでいっしょに聴く会場を準備したうえで、十分な発表時間と十分な討論時間を確保してしっかり議論する、また、懇親会や夜更けまで続く交流の場でも議論を尽くす、という発表と討論のあり方が第2の核である。方法論を含めて研究のプロセスをみんなでいっしょに辿り楽しむ、大会はそのための議論の場としてある、という趣旨は研究会時代から浸透していた。生態人類学では、時に「地を這うような」とも形容されてきた、実直で妥協をゆるさない長期におよぶフィールドワークが研究の基盤にある。この姿勢を尊重し、フィールドで得られたばかりの、生の、濃いデータを共有して、面白い議論につなげていく。発表者はそうした新鮮な、議論に値する発表を心がけ、参加者との活発な、濃密な、「本気の」討論を通じて研究が次第にかたちになってゆく、その過程をみんなで共有するのである。

この学会の魅力は、研究テーマについての関心の共有、生の素材で研究プロセスを共有する発表、そして温泉での合宿(エンドレスな議論+旅気分)にあるといってよい。研究会時代からのよき伝統を引き継ぎつつ、四半世紀を経た本学会の歴史に新たな時代に向けた新たな息吹を吹き込みながら、さらに楽しい刺激的な学会として歩みを続けていきたいと願う。本学会は誰もが臆することなく参加できる自由で闊達な議論が生み出す研究の場である。個別の研究をめぐる議論はもちろんだが、加えて、学会の過去と現在、そして未来に向けた議論も積極的に展開したいと思う。学会員のみなさまに広く参加をいただきたく、ご意見を募ります。研究大会のあり方や生態人類学という学問のあり方など、本学会が向かうありうべき姿についても、ともに検討していきましょう。

2021年3月
  生態人類学会2020年度理事会
第13代会長 河合香吏


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